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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)344号 判決 1988年9月29日

原告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右訴訟代理人弁護士

上原洋允

右指定代理人検事

高須要子

右指定代理人訟務官

土谷睦美

宮崎孝夫

右指定代理人国税訟務官

上山邦三

右指定代理人国税徴収官

高岡泰好

被告

日本通運株式会社

右代表者代表取締役

長岡毅

右訴訟代理人弁護士

松川雄次

松村安之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二八万五九五五円及びこれに対する昭和六一年四月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外近畿運輸株式会社(昭和六一年二月二八日三急運輸株式会社から商号変更。以下「近畿運輸」という)に対し、別紙租税債権目録記載のとおりの租税債権を有する。

2  近畿運輸は、被告より、昭和六一年二月二一日から同年三月二〇日まで、自転車等の積荷作業・倉庫作業を、作業代金二四一万九八〇三円(支払期日昭和六一年四月二一日)で請負った。

3  原告は、昭和六一年三月二五日、右1記載の租税債権を徴収するため、近畿運輸の被告に対する右2記載の作業代金債権を差押え、同日債権差押通知書を被告に交付送達した。

4  被告は、原告に対し、昭和六一年四月二一日に金一一三万三八四八円を支払ったのみである。

よって、原告は、被告に対し、差押による債権取立権に基づき、右作業代金債権の残額金一二八万五九五五円及びこれに対する支払期日の翌日である昭和六一年四月二二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は知らない、同2ないし4の各事実は認める。

三  抗弁

1  相殺の予約に基づく相殺

(一) 被告の運送業務の下請作業を継続して請負っていた近畿運輸に対し、被告の一〇〇パーセント子会社である訴外日通商事株式会社(以下「日通商事」という)は、運送用車両の燃料石油を継続して販売しており、昭和六一年三月二四日現在、日通商事は近畿運輸に対し、石油代金債権金一二八万五九五五円を有していた。

(二) ところで、昭和六一年二月一二日、日通商事と近畿運輸は、第五条及び第一二条に左記の内容を有する石油製品売買契約を改めて締結していた。

第五条  近畿運輸が次の各項目の1に該当する場合は、日通商事より何らの通知催告を要せずして期限の利益を失い、一切の責務を即時日通商事に支払わねばならない。

① 手形小切手の不渡りが発生しまたは支払を停止したとき。

② 差押、仮差押、仮処分、競売の申立を受けたとき。

③ 破産、和議、会社更生、整理の申立がなされたとき。

④ 営業を停止したとき。

第一二条  日通商事は、近畿運輸に対する債権を、日通商事の親会社である日本通運株式会社各支店にある債務と相殺することができる。

(三) 右(二)の合意に基づき、被告及び日通商事は、日通商事の近畿運輸に対する債権で、同社に対する被告の債務との相殺をなし得る権能を取得したものであるが、念のため、昭和六一年二月二八日、近畿運輸と被告との間においても、同日現在の日通商事の近畿運輸に対する債権金一二六万〇一一一円について、右債権額の範囲内における被告の近畿運輸に対する現在及び将来の債務と相殺する旨の合意をした。

(四) 昭和六一年三月二〇日、近畿運輸の振出した約束手形が不渡りになった。

(五) 昭和六一年三月二四日、被告及び日通商事は、近畿運輸の所在地において同会社の代表取締役小見山賀根雄に対し、日通商事の近畿運輸に対する昭和六〇年一〇月一五日から同六一年二月一三日までの給油代金債権金一二六万〇一一一円と、近畿運輸の被告に対する同六一年二月二一日から同年三月二〇日までの作業代金債権金二四一万九八〇三円とを対当額において相殺する旨通知した。

さらに、その後、右の他、原告の差押前までに日通商事の近畿運輸に対する金二万五八四四円の債権があったことが判明したので、昭和六一年八月二一日、日通商事は、合計金一二八万五九五五円を相殺の対象とすることを近畿運輸に対して通知した。

なお、念のため、被告及び日通商事は、日通商事の近畿運輸に対する昭和六〇年一〇月一五日から同六一年二月一三日までの給油代金債権金一二六万〇一一一円と、近畿運輸の被告に対する同六一年二月二一日から同年三月二〇日までの作業代金債権金二四一万九八〇三円とを対当額において相殺する旨の相殺通知書を近畿運輸に対して発したところ、昭和六二年四月二七日に到達した。また、昭和六三年二月九日の口頭弁論期日において、被告は原告に対し、日通商事が近畿運輸に対し原告の差押前に取得した金一二八万五九五五円の石油代金債権をもって、原告の本訴請求債権と相殺する旨の意思を表示した。

2  当然相殺の合意

(一) 1の(一)と同じ

(二) 近畿運輸が日通商事より燃料石油を購入し始めた昭和五六年ないし同六〇年頃、被告、日通商事、近畿運輸の三者間で、近畿運輸において日通商事に支払うべき石油代金の支払能力の喪失を示すべき事由が生じたときは、右石油代金支払債務と近畿運輸の被告に対する請負代金債権とは右事由の発生時に対当額において当然に差引計算される旨の合意が成立していた。

右にいう支払能力の喪失を示すべき事由とは、1(二)記載の昭和六一年二月一二日付日通商事と近畿運輸との石油製品売買契約第五条の事由と同じである。

(三) 近畿運輸について、原告が、昭和六一年三月二五日、近畿運輸に対する租税債権を徴収するため、近畿運輸の被告に対する作業代金債権を差押えるという事由が発生した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実について

(一)の事実のうち、日通商事が被告の子会社であることは認めるが、その余は知らない。

(二)の事実は知らない。

(三)の事実は否認する。

(四)の事実については明らかに争わない。

(五)の事実のうち、昭和六一年三月二四日の通知については否認し、昭和六一年八月二一日の通知については知らない。昭和六二年四月二七日の通知については、日通商事がこのような通知を近畿運輸に発し到達したという点は認めるが、被告がなしたとする点については知らない。昭和六三年二月九日の相殺の意思表示については認める。

2  抗弁2の事実について

(一)は1の(一)と同じ。

(二)の事実は否認する。

(三)の事実は認める。

五  抗弁に対する原告の法律上の主張

1  日通商事と近畿運輸との相殺契約によっては、右両会社が互いに相手方に対して有する債務同士を相殺の用に供し得るにすぎないのであって、被告自身も右相殺契約の当事者に加わっていない限り、被告の近畿運輸に対する債務と、近畿運輸の日通商事に対する債務とを相殺することはできない。

2  仮に、右1が認められないとしても、右のように三当事者間にまたがる二つの債権を相殺しようとする本件のような相殺契約によって差押の効力を排除することは、第三者たる一般債権者に不測の損害をもたらすことになるから、右契約がなされたことにつき何らかの公示方法を講じるか、右契約の締結・存在が公知性を有する場合でない限り、差押後になされた相殺(当然相殺の場合を含む)をもって差押債権者に対抗できないものというべきである。

3  当然相殺の合意は、差押債権者の地位が不安定となるから無効である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

<証拠>によれば、原告が近畿運輸に対し請求原因1記載の租税債権を有していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

請求原因2ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二抗弁1について

1  抗弁1の(一)の事実について判断するに、<証拠>を総合すれば、被告の運送業務の下請作業を継続して請負っていた近畿運輸に対し、日通商事は運送用車両の燃料石油を継続して販売していたことが認められる。そして、日通商事が被告の子会社であることは当事者間に争いがなく、証人和田勝夫の証言によれば、日通商事の発行株式総数のうち被告は約九五パーセントの株式を有していることが認められる。

そして、<証拠>によれば、昭和六一年三月二四日現在、日通商事は近畿運輸に対して石油代金債権金一二八万五九五五円を有していたことが認められる。

2  抗弁1の(二)の事実について判断するに、<証拠>を総合すれば、右事実を認めることができる。

3  抗弁1の(三)の事実について判断するに、<証拠>を総合すれば、昭和六一年二月二八日付の近畿運輸と被告との債権債務相殺承諾書である乙第二号証が実際に作成されたのは、同年三月であることが認めらるところ、<証拠>によれば、鎌田俊治は昭和六一年二月二八日に近畿運輸の代表取締役を辞任していることが認められるのであるから、右乙第二号証をもって、近畿運輸と被告との間において抗弁1の(三)にいうような相殺に関する合意が成立したとは認められず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

4  抗弁1の(四)の事実については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

5  抗弁1の(五)の事実について判断する。

まず、昭和六一年三月二四日、被告及び日通商事が、近畿運輸の所在地において、同会社の代表取締役小見山賀根雄に対し日通商事の近畿運輸に対する給油代金債権金一二六万〇一一一円と近畿運輸の被告に対する作業代金債権金二四一万九八〇三円とを対当額において相殺する旨通知したとする点についてであるが、証人和田勝夫は、この点について、相殺の意思を表示しに近畿運輸の本店に行ったところ、すでに閉鎖されていたので、神戸市中央区磯上通四丁目三―七にある同社の営業所に行き同社の代表取締役である小見山加根雄に相殺の意思を表示したと証言するが、仮にこの証言が正しいとすれば、日通商事の社員である証人は、右事実を日通商事の大阪支店に報告し、日通商事大阪支店はこのことを知っているのが当然と思われるにもかかわらず、<証拠>によれば、日通商事大阪支店が昭和六一年三月二八日付の相殺通知書を閉鎖されていることが明らかな近畿運輸の本店に出していることが認められるから、右事実に照らすと、証人和田勝夫の前記供述部分はにわかに信用することができず、他に三月二四日に相殺をした旨の事実を認めるに足りる証拠はない。

次に昭和六一年八月二一日、日通商事が、後に判明した金二万五八四四円の債権を加えた合計金一二八万五九五五円の近畿運輸に対する債権と、同社の被告に対する債権とを相殺する旨の意思を近畿運輸代表取締役小見山賀根雄に対して表示した事実については、<証拠>からこれを認めることができる。

6  以上によれば、日通商事は、昭和六一年二月一二日近畿運輸との間で締結した相殺予約契約に基づき、近畿運輸が手形の不渡りを出した同年三月二〇日、同社に対する債権と、同社の被告に対する債権とを相殺する権利を取得し、同年八月二一日、近畿運輸に対し、同社に対する債権金一二八万五九五五円と、同社の被告に対する債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。

そこで、以下、日通商事と近畿運輸との右相殺予約契約に基づく相殺の効力を有効なものとして認め得るか否か、差押債権者である原告に対抗できるか否かについて、抗弁に対する原告の法律上の主張をふまえながら判断する。

(一) まず、日通商事の近畿運輸に対する債権と、近畿運輸の被告に対する債権とを相殺できる旨の契約を、日通商事と近畿運輸のみで締結していることの有効性から検討するが、このような契約も、被告の意思に反しない限り、有効と解すべきである。

けだし、右契約によれば、日通商事は、同社と近畿運輸との合意で、被告の近畿運輸に対する債務を消滅できることとなるわけであるが、一般に、第三者による他人の債務の弁済が当該債務者の意思に反しない限り許されることは、民法四七四条の明定するところであり、等しく債務の消滅原因である弁済と相殺とを区別すべき理由はないからである。

そして、本件において、被告と日通商事とは、日通商事の発行済株式総数のうち被告が九五パーセントの株式を有しているという親子会社の関係にあり、日通商事が相殺によって被告の債務を消滅させることが、被告の意思に反しないことは明らかである。

この点に関し、原告は、相殺契約をなす場合においても、当事者が互いに相手方に対し負担する債務同士を相殺に供する場合に限り可能であると主張するが、契約自由の原則上、相殺契約の効力を右のように限定して解すべき理由はなく、原告の右主張は採用できない。

(二) 次に、右のような相殺契約の存在を、差押債権者である原告に対抗しうるか否かについて検討する。

思うに、二当事者間に互いに相対立する債権を有する場合に反対債権が差押えられた場合においては、相手方債権者(第三債務者)は、自己の債権が差押後に取得されたものでない限り、自働債権及び受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても相殺をなし得るし、また、将来一定の事由が生じた場合に相殺適状を生じさせて相殺をなし得るものとする契約、いわゆる相殺予約をしておき、受働債権が差押えられた後に右相殺予約に基づく相殺の効果を主張することも、差押債権者に対抗できるものというべきである(最高裁判所昭和四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号五八七頁参照)。そして、いわゆる相殺予約の対外的効力に関し、これを否定したり、制限したりする考えは当裁判所の採用しないところであり、相殺権者の濫用にわたる権利の行使は、相殺権の濫用の法理でこれに対処すればよいものと考える。けだし、もともと差押債権者は、差押により債務者が第三債務者に対して有してした債権以上のものを手に入れられるわけではなく、あるがままの当該債権を確保するに過ぎないのであるから(なお、民事執行法一四七条参照)、特段の事情がない限り、差押前に締結された相殺予約の効力は、右債権に付着するものとして差押債権者にも当然引き継がれるべきものだからである。

以上の法理を前提とすれば、三当事者間にまたがる二つの債権を相殺しようとする本件相殺予約の効力についても、前同様、差押債権者に対抗することができるものというべきである。けだし、三当事者間にまたがる二つの債権の相殺であっても、差押債権者が、当該被差押債権に相殺予約の効力が付着しているという債務者の有していた状態を引き継がなければならないという道理は、二当事者間の債権の相殺の場合と異なるところはないからである(もっとも、相殺権の濫用の法理が適用される場合が、二当事者間における債権の相殺の場合よりも若干増える可能性はあるかもしれない)。

この点について、原告は、本件のような相殺予約の効力を差押債権者に対抗するためには、何らかの公示方法を講じるか、右契約の締結・存在が公知性を有する場合でなければならないと主張する。

しかしながら、もともと債権については、その存在・内容を第三者に公示するための適切な公示方法はなく、その故に相殺予約の効力を否定すべき理由はない。また、相殺予約の対外的効力を公知性の有無によって決することは、そのような既成事実を作りあげた者と、作りあげられる者のみが保護される(特約の存在を社会に宣伝する力をもたない者は保護されない)ことになり、妥当でなく、原告の右主張は、いずれも採用できない。

そうだとすれば、日通商事と近畿運輸との本件相殺予約の効力が、差押債権者である原告に対抗し得ることは明らかであるといわなければならない。

(三)  よって、被告の抗弁1は理由がある。

三結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことになるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官増山宏)

別紙租税債権目録<省略>

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